スペシャルオリンピックス(SO)では、「アスリート」のご家族を「ファミリー」と呼んでいます。

 

ここでは、ファミリーの声を紹介します。



 

『スペシャルオリンピックスの世界に一歩踏み出してみて下さい!』


友達と外で遊ぶ機会もなければ、ついついTVを見ながら食べてばかりの生活をしていては、当然身体は肥満気味になるでしょう。コミュニケーションも取れないし、多動だし、ルールのある スポーツなんて絶対無理なんて思っておられませんか?子どもたちは無限の可能性を秘めています。親がみずからそのチャンスの芽をつみとってはいませんか?自分の中で「うまくなりたい」「早くなりたい」「強くなりたい」という気持ちが芽生えたらアスリートたちはどんどん変わっていきます。時間はかかるかもしれませんが、勝利を得たときの感動と笑顔はなにものにもかえがたいものです。兄弟の方もご一緒に参加できます。スポーツを通してアスリートたちはいろいろなことを学んでいきます。ぜひスペシャルオリンピックスの世界に一歩踏み出してみて下さい。

スペシャルオリンピックス日本・山口のウェブサイトより引用、加筆修正


 

「安心できる場所」をスペシャルオリンピックスに見つけました。


 和幸が生まれたのは新潟市内でした。初めての子どもで嬉しくて、いろんなことを夢みながら子育てに入りました。夫が転勤族ということもあり、地元の両親のそばで子どもを産みたいと思い、2人目もすぐに出産。そして、2年後初めての転勤で鎌倉へ引越しました。

 新潟にいる頃から少し少しずつ何かおかしいと思いつつも、年子の子育てに追われる日々。幼稚園時代はかなりユニークな教育方針の園で、和幸のことを相談しても、「障がい児として違った環境におくのですか?」と言われ、そのまま他の子と同じ環境での園生活を送り、小学校へ入学しました。

 その後、和幸が3年生、下の子が1年生になるときに東京へ引越し、そこで遅ればせながら初めての脳波検査をしたりして障がいと向き合うことになりました。幼少期を障がいと認識することから避け、悩みながらも、男の子だからただ遅いだけなのではという祈りと、「どうして、できないの!」と怒りながら子育てをしてきてしまったことをにとても後悔し、受け入れることで親の心の落ち着きを取り戻せたように思いました。

 それからは、学校選びなど分岐点ごとに考えられるだけ考えて、どの選択が和幸にとって一番良いのかを決めてきました。高等部2年生になった頃、ふと卒業後の生活を思うことがあり、同級生が以前から参加していたスペシャルオリンピックスに興味がわきました。それまでは、「送り迎えが大変だな〜、お手伝いもあるんだろうな〜」と避けていたのですが、いざ見学に行ってみると和幸自身が興味を示し、またコーチも「背が高いからリバウンドが取れるよ」と言って、和幸をやる気にさせてしまいました。そしてそのままバスケットボール、ボウリング、アルペンスキーのプログラムに参加させてもらっています。

 しかしながら、1人で通えるようになるまでには時間がかかり、もう覚えたかな?と思っても、しばらく休みが入るとまた振り出しへという生活が2年くらい続きました。でも、1人での行動範囲が広がるということは、本人の自信にもつながりました。今ではプログラムで知り合ったお友達と待ち合わせて、遊びに出掛けることもできるようになりました。それは卒業後、会社と家との往復だけになりがちな和幸の生活をどれだけ豊かにしてくれているかと考えると、とてもありがたいことだと思います。

 今、和幸は31歳、親としては、いつまでも平穏な生活が続いてくれることを祈りながらも、今後、様々な問題にぶつかるだろうと心のなかでは覚悟しています。でもその時々で、和幸の味方になってくれる人、和幸を思ってくれる人が1人でも」多くいて欲しいという親の願いもあります。

 人は、家庭と職場以外の安心できる場所が必要と言われています。そんな願いをスペシャルオリンピックスの活動が後押ししてくれ、和幸を成長させてくれることを期待しています。そして今、この活動に関われていることに感謝し、幸せに思います。これからも1つ1つ乗り越えて、素敵な人生を歩んでいって欲しいと思います。

アスリート:武田和幸さん、母:武田美紀子さん 〜 ニュースレターVo.68(スペシャルオリンピックス日本・東京発行)
http://www.son-tokyo.or.jp/document/20160331/NL_vol68.pdf


 

『娘をスペシャルオリンピックスに入れて活動させたい』


スペシャルオリンピックスは面白い仕組みだと思った。

〜ヘタでも世界に行ける!〜


障害の程度は人それぞれであるから、全員を同じ土俵で競わせても差がありすぎる。たとえば水泳だったら、100メートル泳げなくても、ビート板でバタ足やっているレベルでも世界に行って金メダルとれる。ビート板レベルの子は世界にたくさんいるのでその同じレベルの中で競わせる。


〜親からの自立、他人の中でやっていく力〜


練習に行くと、あとはコーチとボランティアが面倒を見てくれる。合宿とかもあって、親から離れてお泊まりをする経験もできる。親が囲い込まずに、他人に任せることによって、本人が自立していく。親から離れてみて見えてくるその子の力である。

 

〜親同士の交流・情報交換〜


たとえばダウン症だったら20代、30代、40代のダウン症の子の親御さんとお話ができたりして、少し先のことをイメージできたりする。親は3つくらいに分かれ、学齢期の子をもつ親御さん、就職世代の子を持つ親御さん、そして親亡き後の心配をしている頃の世代、とあるそうだ。就職世代の親御さんは就職できなくて作業所を立ち上げようとしたりとか、親亡き後の心配をしている世代はグループホームを作るとか、それぞれの関心の中心となるテーマがある。


〜非行に走らない〜


知的に障害のある人は騙されて犯罪に巻き込まれる場合も、残念ながらある。スポーツをやって忙しくしていればとりあえずロクでもない非行に走ることもない。何か熱中するものをもっていること、暇で暇で困るとか変な仲間と付き合いだすといったことがない。

(スペシャルオリンピックスのこと;働く主婦の独り言、より引用)
http://blog.livedoor.jp/pumpkin1205/archives/50790798.html

 

 


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