スペシャルオリンピックスは、知的発達障害のある人たちに様々なスポーツトレーニングとその成果の発表の場である競技会を、年間を通じ提供している国際的なスポーツ組織です。スペシャルオリンピックスでは、これらのスポーツ活動に参加する知的発達障害のある人たちをアスリートと呼んでいます。

1963 年に故ケネディ大統領の妹ユニス・ケネディ・シュライバー夫人が、自宅の庭を開放して開いたデイ・キャンプがスペシャルオリンピックス(SO)の始まりです。知的発達障害があるために、まだ一度もプールで泳いだり、トラックを走ったり、バスケットボールをしたことがない人たちにスポーツを提供する、それが彼女の願いでした。シュライバー夫人は障害のある人たちが持っている可能性をのばすためには、スポーツの効果が大きいことを学者や医者から学びました。実は彼女の姉ローズマリーが知的発達障害者だったのです。

 

ケネディ大統領(左)とユニス(右)

www.eunicekennedyshriver.org/press

 

ユニス、キャンプ・シュライバーにて

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1968 年にジョセフ・P・ケネディJr 財団の支援により組織化され、「スペシャルオリンピックス」となり、全米から世界へと拡がっています。また1988 年に、国際オリンピック委員会(IOC)と「オリンピック」の名称使用や相互の活動を認め合う議定書を交わしています。本部はアメリカ、ワシントンD.C.にあり、150 カ国以上が加盟、約100 万人のアスリートと75 万人のボランティアが活動に参加しています。現在、SOI の総裁は、創設者ユニスの子息であるティモシー・シュライバーが務めています。

 

ユニス、1999年スペシャルオリンピックスにて

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スペシャルオリンピックスが提供する継続的なスポーツ活動は、アスリートたちの健康や体力増進、スキルの向上を促進するだけでなく、多くの人々との交流は彼らの社会性を育くんでいきます。また、適切な指導と励ましがあれば、アスリートたちは少しづつでも確実に上達し、自立への意識を高め成長していきます。参加するボランティアたちもアスリートから多くのものを学びます。

スペシャルオリンピックスは大会名のみではありません。「スペシャルオリンピックス」の名称が複数形で表されているのは、この名称が大会名のみではなく、年間を通して様々なプログラムが継続的におこなわれていることを意味します。今、この瞬間も、世界中でスペシャルオリンピックスの活動は行なわれているのです。

スペシャルオリンピックスは非営利活動ですから、運営はすべてボランティアと善意の寄付によっておこなわれています。

アスリート、ファミリー、そしてボランティアが一緒になって参加し、活動を支えているのです。

 

●日本では

1980 年に「日本スペシャルオリンピック委員会jSOC)」が設立され活動を行っていましたが、1992 年に解散しました。そうした中、1991 年夏の世界大会に熊本から参加した10才のアスリートと彼女を育てたボランティアコーチが、体操競技で銀メダルを獲得しました。ダウン症と難聴のあるアスリートの快挙は多くの人々の感動を呼び、熊本の地でボランティアの輪が広がり、1993 年3 月「スペシャルオリンピックス熊本」が発足、翌1994 年11 月に国内の本部組織である「スペシャルオリンピックス日本(SON)」が設立されました。

現在は47都道府県に地区組織が設立され、全国で7,485人のアスリートと13,637人以上のボランティアが参加しています。

スペシャルオリンピックス日本は2001年5月22日、特定非営利活動法人(NPO法人)として内閣府より認証を受け、2006年には国税庁より認定NPO法人の認証を受けました。更に、2012年3月13日に内閣府より、公益財団法人の認定を受け、2012年4月より正式に「公益財団法人スペシャルオリンピックス日本」としての活動を開始しました。

(http://www.son.or.jp/pdf/about_son/outline/index/2014sankou.pdfより引用・加筆修正)

 



(SO日本【Be a fan】 1.本編 ~ Be a fan ~  Ver.2014 より)

 

青森県内におけるスペシャルオリンピックスの地区活動(SON・青森)について